高田の紹介

 細長い新潟県の南西部にあたる上越地域は、越後の国の上(カミ)だから「上越」市なのです。
 越前(福井県)越中(富山県)越後(新潟県)と同じように、京都に近い順で南西から北東に上越・中越・下越と並びます。全国に「高田」という地名はいくつもありますが、ここは「越後高田」。古代からの港町「直江津」、中世に栄えた上杉謙信公の「春日山」、そして江戸初期に開かれた高田城を中心とする近世の城下町「高田」が核になり、現在の上越市が形作られてきました。
 その中心である高田は江戸時代の町の絵図と比べると、城郭・家中(武家地)・町家・寺町という城下町の町割が、ほぼ同じ形を残しています。

【城郭】現在は高田公園。四千本の桜が咲きそろう名所で外濠の蓮も秋の紅葉も見所。

【家中】現存する侍屋敷は少ないですが、春のあわゆき亭でお借りする無量庵は本物。

【町家】雁木のある外観は地味ながら、吹抜けの茶の間は、渡り廊下もあるアトリウム!

【寺町】町の西縁、杉木立に囲まれて大小66の寺院が並ぶ。寺町サミットでもお馴染み。

 また、高田は平野部の都市の中では稀に見る豪雪地。気象台の観測データでも、群を抜く積雪量が記録されています。町中が雪に埋まってしまい、旅人の目印として、「この下に高田あり」という木札が立てられたという逸話さえ残っているほどです。
 そんな大雪の中でも、人々の往来のために、町家が軒を連ねる表通りの家の軒先には「雁木」が設けられました。これは通常の歩道ではなく、私有地の一部を歩行空間として提供しているのです。雪だけでなく、突然の雨や真夏の陽射を避けられる安全な通路であり、小学生の通学路としても安心。豪雪地の都市に多く見られた雁木も、様々な事情で消滅してきた中で、今日でも高田の雁木は総延長16キロ、日本最長の規模で生き続けています。
 少しずつ変化する軒先、それぞれの家の表情、格子と石畳、朝市の風景、すれ違いざまに交わされる挨拶の言葉、まち歩きの達人にとって、興味深いものでしょう。
 また日本海と山並に囲まれた四季の変化に富む自然景観。山海の幸に恵まれた土地柄で、お米もお酒も山菜も海産物もクオリティーが高いのです。地元の人には当たり前でも、来訪者にはグルメ天国?そんな隠れた名物探しも楽しみです。